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AERA 11/1号に掲載された「ゲーム大国ニッポンの崩壊」には今まで何度も繰り返された「世界に置いていかれる日本」的ニュアンスも多く見られたけど、その中でも気になる具体例が見られたので小島監督の発言とあわせて紹介するね。

「チャップリンの無声映画が世界中で楽しめたのと同じです」 
80年代の8ビット機時代ではゲーム全体の表現力が乏しく、限られた中でルールに沿って作るゲームデザインに日本人が長けていたためヒットした。 
それがプレステに代表される次世代機から表現力が上がり、販売する国に合わせたローカライズが映画並に必須になってくる。 

「優秀な人を集められるのは予算があるから。世界的にヒットすれば、高額な制作費も軽々ペイできる」
 世界戦略が前提になると映画と同じ様に中東やインドなどからの資金調達が容易になる。 
これを国内に求めると、ファミコン時代で今の地位を手に入れた40代に決定を仰がなければいけない。
日本が強かった時代を知り、育った彼らが世界を知って戦えるかが大きな鍵になっている。 

「日本を研究し尽くしているだけではなくスピーディーに作り上げている。さらに、最初から世界を狙っているんです」 
台湾や韓国のゲームはまだ日本の模倣的なものが多いが、それは徹底的に解析してる段階であり、応用の段階に入ると今の欧米のように手がつけられなくなる。 
さらに彼らは海外で学習し、母国に戻って開発をするケースが多いという。 

「日本で米を食べて、渋谷で遊んで死ぬ。」 
積極的に国外にうって出る海外の若手に対して、日本で内向きに完結してるいまの若者について。


 結論として小島監督が言いたいのは、かつて日本が世界と戦って打ち破ったやり方を、多くの国が学んで実践しているという事かもしれないですね。

 昔話になるけど、1960年代にまだ世界的に弱小だったホンダの本田宗一郎は、自ら2輪と4輪の世界選手権にうって出て、数年で頂点に立ち世界の勢力図を塗り替えたんだ。  

小島監督の危機感を見ると、この歴史をつぎに繰り返すのは日本人では無いかもしれないな…。

■ゲーム大国ニッポンの崩壊 | AERA-net.jp

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