
5月26日にルポライターの古川琢也氏がいわき市に取材に訪れた際に、アシスタントとしてFMいわきの取材に同行、その際に局長の安部正明氏からのお話で気になったものをピックアップします。
なお、取材内容は今後本になるそうなので詳細はそちらをご期待ください(´∀`)
「被災者はそもそもネットができない」

いわき市は元々ネットの利用率が低く、以前自分が調査した際には市民の20%以下ほどだった。
さらに今回の震災ではいわき市の広さが災いして固定回線の断線が続き、復旧の早い地域では数日だが、沿岸部では数週間もかかった。
この他にも長期に及ぶ避難所生活や津波による家財損失で「最も救助すべき人達」がネットというツールを使うことが出来なかった。
「公式Twitterアカウントは持っていない」

局長ご自身は利用されていて、震災直後にタイムラインを見ていた。
この中で気になったのが「確証が取れていない情報が多すぎる」事だった。
多くの人が確証が取れていない又聞きの情報の翻弄されていることを見て、
「受けた情報を必ず裏取りする」
という姿勢を打ち出した。
しかし、当初15人いたスタッフが被災当初8人になり、市の災害対策本部からの中継(ケータイが長期で不通だったので中継を行うことにした)など「正確な情報を配信するため」には多忙を極めることに…。
「小さな町で確証のある情報を得るために、あえて公式アカウントを持たない」
という姿勢は奇異に見えるかも知れないけど、メディアの持つリソースや成り立ちを見ると実践的な取り組みといえます。
「NHKでも4/4までいなかった」

震災直後に市内にいた大手マスコミの人達は軒並み退去、「唯一の現地メディア」としての重責を担うことになった。
特に山間部や沿岸部など街から離れたところにある特別養護施設からの支援要請も多く、スタッフが現地で交通面(崖崩れで通れない場合が多い)を確認しラジオで放送することで近隣住民が助けに行ったこともあった。
この市民間の救援は街が完全に孤立した3月中のことで、自宅から残り少ない灯油をペットボトル一本分もって駆けつけた人がいたこともあったそうだ。
さらにFMいわきのスタッフ自身も被災者であることを忘れてはいけない。
これらの活動によって視聴者からは「きめ細かい情報をありがとう」との感謝の言葉を多く頂いたそうです。
「当初の街の孤立化はネットによる風評被害が大きい」

震災当初、福島県のTV局は津波の被害で燃えさかる久ノ浜まで取材に行きました。
だけどこれは地元局の話。
原発の爆発で海外の取材陣も軒並み避難してしまい、報道機関が現地にいない。
このことにかこつけて、一部学者が自身の専門外にも関わらず「福島には一万年住めない」などの悪評を流し、その後同様の風潮に便乗する学者が増える始末。
これら「無知と不安」は単に福島県の問題というより、日本の問題として見るべきでしょう。
事実、関西の人でも海外に行けば「原発が爆発した国の人」と見られてしまい、「一万年住めない」と言った人自身が「一万年住めない国の人」として見られています。
しかもこの「無知と不安」は外の街に限ったことではありません。
「地元の人ですら震災を忘れかけてる」

元々広大ないわき市では甚大な被害のあった沿岸部に比べ、内陸部は比較的復旧が進んでます。
その結果大きな格差が起きてしまい、片方では家も仕事も家族も失った、もう片方ではすでに普通に生活できる、といった2極化が起きています。
「お昼を隣町まで車で食べに行けるような人と、今日の食事すらままならない人もいる」
つい先日まで同じような生活をしていた人達だったのですが、これはとても難しい問題です。
「歌入りの曲は4/15ぐらいから流してた、気持ち的に流せなかった」

不明遺体の安否確認も5/15まで流してましたが、同じ人がいつまでも見つからないので終了したそうです。
■asahi.com : 連日24時間生放送 市民支えるFMいわき
■いわき市の生活支える地元ラジオ局 - Japan Real Time - jp.WSJ.com
■SEA WAVE FM いわき
■古川琢也氏のサイト / ルポライターFの雑記
セブン‐イレブンの正体著者:古川 琢也
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唯一地元の正確な情報が得られる手段だったんですよね。
あとは旦那(物理学者)に福島原発の事故のデータを見てもらうくらいですかね…旦那は
「この程度の線量ならば、防護服を着れば20km圏内でも救助に余裕で行けたよ、何をもたもたしてるんだろう…」と怒っていました。